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【AdverTimes.コラム連載vol.6】美肌の選手が美容メディアに登場、西武ライオンズの「戦略PR」の話
2024.06.03
本記事はAdverTimes.にて連載したコラム「西武ライオンズ広報変革記~やる獅かない2024~」の転載です。
こんにちは。西武ライオンズ広報部長の赤坂修平です。
本コラムは「球界や広報業界のさらなる発展のために筆を執ってほしい」というお話をいただき、微力ではありますがそのお役立てになれればと思いお引き受けしました。私へのご批判もあると思いますが、あと少しだけ執筆させていただきたいと思います。
ライオンズは日本生命セ・パ交流戦 2024の開幕と同時に心機一転、渡辺久信ゼネラルマネージャーが監督代行も兼務し、新しいスタートを切りました。ここまでの交流戦は2カード勝ち越しとはいきませんでしたが3勝3敗としています。短期的にはCS進出を目標とし、渡辺GMを筆頭に、チーム・社員も一丸となってファイティングポーズをとり続けて戦ってまいります。
さて、前回は「シン・広報戦略」について、話せる範囲で非常に苦心しながら書きましたが、皆さんに上手く伝わったか心配をしつつ……今回は前回の内容を踏まえ「美肌の選手が美容メディアに登場、西武ライオンズの『戦略PR』」という話です。
実は2023年、小学館の美容雑誌『美的』のオンラインサイト「美的HEN」にライオンズの選手らが登場したことがあります。
その裏には、メイクやスキンケアなどを通じた自己表現や自己ケアを大切にする現在の世の中の流れをプロ野球に組み入れては、という考えがありました。今回は「トレンドに敏感に」と「正はしつこく何度でも」がポイントです。
空気や世論をつくる「戦略PR」に取り組んだ経験
私は2006年にコクドとプリンスホテル(現:西武・プリンスホテルズワールドワイド)が統合した時は広報業務に従事しており、リゾートからシティホテルへ担当が変更になりました。
2007年頃から、比較的規模の大きいシティホテルから、客室改修やレストラン改修などバリューアップ投資を続々行っていました。当然、PRはマストです。様々な媒体に対して、お客さま視点で、どんな機能が素晴らしく向上したのかを提案し、一定のパブリシティを獲得していました。
しかし、2008年9月にリーマン・ショックが起こり、親会社である西武ホールディングスの2009年3月期の連結当期純利益は赤字となりました。
何とかして、会社の役に立ちたいと思い、そんなときに手に取った本が、本田哲也さんの著書『戦略PR』(アスキー新書)でした。そこには、消費者を「買いたい気分」にさせる「空気」をどうつくるかが書いてあり、どのように世論を形成していくかが、事例を挙げて説明してありました。
ホテルで考えた場合、高稼働で需要が高い時は、機能的価値を訴求することでメディアの皆さんに納得してもらい、それを企画にしてパブリシティを獲得できていましたが、リーマン・ショックで国内のみならず世界的にホテルの需要が落ち込んだ時は、機能的価値を訴求しても企画が成立しない。そこで考えたのが、「それでも行きたい」と思わせる情緒的価値の「空気」づくりでした。
例えば「グランドプリンスホテル高輪」は、宮家の竹田宮邸として使われていた土地・建物を活かし、現在は「貴賓館」として営業しています。また「東京ガーデンテラス紀尾井町」に隣接する「赤坂プリンス・クラシックハウス」は、「旧李王家東京邸」として使われていた由緒正しき場所で、「貴賓館」同様に現在も営業しています。
(写真は順に)グランドプリンスホテル高輪 貴賓館、赤坂プリンス・クラシックハウス
機能的価値ではなく、「歴史ある場所に身を置いて過去にタイムスリップし、心豊かになれる」という価値を伝えていくPR手法へと軌道修正しました。
また、リゾートで得意としていた季節感も上手く活用しました。例えば、人であふれる公園でワイワイお花見を楽しむのもいいですが、ホテルで少し贅沢をして、風情を感じる訴求を展開しました。
「ホテルに宿泊をしなくても、食事やお茶を楽しむだけで充足感に満たされる」――世の中をそんな空気感に変えられたかというと、必ずしもそうではありませんが、外部環境が変化したときに広報戦略を軌道修正していくことで、現状を打開できることを身にもって体得しました。
源田選手がライオンズの“美肌代表”に
若い女性ファン向け施策「ライオンズ獅子女デー」では、ブランドとコラボレーションしたユニフォームを配布する試みも(2023年5月)。
イベントの様子は、記事「『私を野球に連れてって♡』。イチ推しは『ベルーナドーム』! 」にて。
話を野球に戻します。前回述べたとおり、ライオンズファンは、私と同世代の40代がボリュームゾーンです。一方、他球団に目を向ければ、オリックス・バファローズは、選手をアイドルに見立ててプロモーションし、多くの「オリ姫」と呼ばれる若い女性から支持を得ていました。
また、日本ハムファイターズは「きつねダンス」が空前の大ブームで、子どもたちは野球は知らなくても「きつねダンス」は知っており、ライオンズと他球団とのギャップを感じました。
また野球選手というのは非常に体が大きく、たとえば多くの選手が金のネックレスをしていて……といった固定的な印象を私自身、持っていました。
しかし、ビジター試合に帯同し、選手の近くで長い時間を過ごしていると、会話の量も増え、それぞれの選手の個性も分かるようになりました。そんなとき、ライオンズの選手はみんな肌がキレイで、かつ非常におしゃれに気を配っているということに気が付きました。
ユニフォームを着たONの顔はもちろんのこと、OFFの顔も魅力的であることがわかったのです。周囲を見渡せばテレビに出ているようなタレントの方々に限らず、一般の社会人の間でもメンズメイクが定着しつつあることも気になっていました。
前回述べた通り「シン・広報戦略」のひとつは「今いない潜在的なファン」に対してのアプローチしていくというものでしたが、オリックスや日本ハムの事例と、トレンドを鑑み「美容×プロ野球選手」というストーリーがひとつの切り口になると考えました。
しかし、「日焼けしているほうが格好いい」という時代で育ってきた私は、美容系には疎く、ましてや美容媒体とのリレーションはほぼ皆無でした。そんな矢先、男性の若手広報部員が「赤坂さん、『美的』(小学館)のアポが取れたので行ってきます」と言って、企画を売り込みに行ってくれました。
数日後、その部員から興奮気味に「『美的』いけそうです!『獅子女デー』(ブランドとコラボした若い女性向けの企画)に、編集部の方にも来てもらいます」と報告がありました。
この時、プリンスホテル時代に体得した「戦略PR」に少し似ているという印象を持ちました。スポーツの世界は勝敗がはっきりしている。勝てば高揚感に包まれ、負ければ意気消沈。負けが込んでくれば、観客動員数や消費単価にも影響します。
強さこそ最大のファンサービスであることは変わりないですが、一方で勝敗に左右されないコンテンツもプロ野球経営をサステナブルに展開していくためには魅力的です。懸命に戦い、負けたとしても、選手の立ち姿やフォルム、真剣勝負を重ねてきた凛々しい表情を見せることで、充足感に包まれるファンの方もいる。こんな現象が今後起こるのではないかと思いました。
ここは勝負どころだと思い、看板選手の源田壮亮選手を『美的』編集部に提案し、オンラインサイトの「美的HEN」に掲載してもらいました。その後も広報担当の彼は編集部と良好な関係性を構築し、この企画以外でもライオンズを露出させてくれました。
実際に掲載された記事
「好きです、化粧水」。埼玉西武ライオンズ・源田壮亮選手にスタメンコスメを聞いてみた。
取材の裏側をYouTubeでも公開した。
リンクはこちら
『マツコの知らない世界』で「球場飯=ライオンズ」が定着
写真 イメージ ベルーナドームで人気を集めているスタジアムグルメ。
ベルーナドームで人気を集めているスタジアムグルメ
しかし、それだけでは足りません。ライオンズとして、他のチームを凌駕する圧倒的なコンテンツが必要です。そこで着目したのが、スタジアムグルメです。
前回お伝えしたように、ライオンズの本拠地「ベルーナドーム」のグルメは、ネットメディアの「ねとらぼ」で、12球団1位の評価をいただいていますが、世間に対しての認知度はそれほど高くありません。
そこでテレビを活用してイメージ形成に着手しました。テレビ局出身で、事業会社の広報やPR会社に身を置き、営業広報のスキルを有している広報部員がテレビ局への売り込みをしっかりやってくれました。そして、TBSの『マツコの知らない世界』の「スタジアムグルメの世界」の回(2023年7月4日)で、破格の扱いで取り上げていただくことができました。
さらに『美的』での掲載を成功させた若い広報部員は、全テレビ局の番組をチェックし、スタジアムグルメを紹介した番組があれば、番組ディレクターや識者にあらゆる手段を使ってコンタクトを取っていきました。その度にライオンズのスタジアムグルメの優位性を説明し、テレビ番組での露出を増やしていきました。
すべては「スタジアムグルメといえばライオンズ」という印象、空気をつくるためです。「せっかくベルーナドームまで来たんだから“獅子まんま”と呼ばれる球場飯を食べて帰ろうという」ビジターのファンや、野球にはあまり興味がないけれど、グルメを目的に足を運ぶ人も目につくようになりました。
こうなるとやがて他の事業にも派生していきます。ベルーナドームで野球興行が無い日は、アーティストのライブなどの貸会場事業を行っていますが、その日もスタジアムグルメが売れるというわけです。
球場飯の中でも特に人気を集めている「エルズクラフト supported by BREWDOG」
これまで、不動の人気1位は「エルズクラフト」のピザでした。しかし、今シーズンオープンしたメキシコ料理の「エルズメキシコ」が、非常に人気です。SNSの投稿数でも目を見張るものがあり、人気球場飯を決める投票企画「キングオブ獅子まんま」の今年の結果も非常に楽しみです。
人気メニューから。「エルズクラフト」のピザ「PUNK! 生ハム&マスカルポーネ」
メキシコ料理の「エルズメキシコ」から「L’sケサディーヤ チキン」とディップ
このように、ひとつのきっかけを見逃さず「正はしつこく何度でも」訴求することが大事だと考えています。
サーフィンは波が強ければ、ボードが多少安定していなくても波に乗ることができます。会社の取り組みでも、「トレンド」という波が大きければ自社の「強み」が少々弱くても波に乗ることができる。これこそが前向きな広報の醍醐味だと思います。