株式会社西武ライオンズ

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お知らせ

【AdverTimes.コラム連載vol.7】産業界とプロ野球界の危機管理広報の共通点

2024.06.26

本記事はAdverTimes.にて連載したコラム「西武ライオンズ広報変革記~やる獅かない2024~」の転載です。

こんにちは。西武ライオンズ広報部長の赤坂修平です。

ライオンズファンのサポートもあり、昨夜(6月25日)も1-0と辛勝でしたが日ハムとの初戦を獲りました。

試合で活躍をした選手のなかで、誰をヒーローインタビューのお立ち台に上げるかは、ライオンズでは広報部長が選任しますが、昨日は3名の選手を上げました。そのうち牧野翔矢選手は、怪我から長いリハビリ生活を経て、育成選手(プロ野球選手を目指す位置付け)に下げられても、腐らず努力を積み重ねてきた選手でした。

その結果、昨日、支配下に再登録され、即一軍でスタメンマスクを被り、5投手をリードし、完封劇を演出しました。

お立ち台で涙を流した牧野選手を、先発した同期同学年の渡邉勇太朗投手が抱擁した姿が印象的でした。こういう姿を見ると、誰をお立ち台に上げるかは、必ずしも試合結果だけではなく、個々の選手が持つストーリーも重要な要素だと改めて感じさせられます。

さて、今回のテーマは「産業界とプロ野球界の危機管理広報の共通点」です。

キーワードは「情報の収集・整理・活用」「内外に誠実に」です。それに加え、以前のコラムでお話をした「公平性の原則」も含まれます。



20年前に経験した不祥事対応が「危機管理」の原体験に


私の初めての危機管理は、コクド時代に遡ります。入社4年目の2004年3月1日、西武鉄道本社ビル前には、多くの取材陣がいました。前日に、コクドアイスホッケーチームが日本一になったので「優勝したらこんなに取材が来るんだな」と出社しました。

いつものように掲載されたメディア記事などのクリッピングに取りかかると、産経新聞一面の「西武鉄道 総会屋に利益供与の疑い 警視庁 役員ら聴取」という文字が目に入りました。アイスホッケーが優勝したから取材陣が集まっていたのではなかったのです。

そこから一連の事件へ発展し、有価証券虚偽記載やインサイダー取引で、西武鉄道の株式が上場廃止になりました。

西武グループは、カリスマオーナーの堤康次郎氏、二代目の堤義明氏が経営し、当時でも100年近い歴史があり、二人とも類まれなる才覚で時代の注目を集め、金融機関からも信用力の高い企業グループでした。

コクドはグループの事業持株会社という位置付けでありながら、非上場だったこともあり、前向きな広報はしっかりやっていたものの、ネガティブな取材は比較的お断りをしていました。

それが、いきなりクライシスに直面し、私自身も組織自体も経験不足が露呈しました。メディアも本件を報道しますが、そもそもコクドや西武グループの公開情報が少なく、広報に問い合わせをしても満足のいく回答が得られないことで「何か隠しているのではないか」という疑念を持たれ、強いトーンの報道が先行していました。

当時、私は広報部の最若手だったため、メディアの取材対応をするというより、毎日発生する雑多な業務を、同期の庶務担当と共にやっていましたが、少しでも上司や先輩方の役立ちたいという一心でやっていました。

プロ野球経営もしているグループのため、一般紙のみならずスポーツ新聞や週刊誌と、ありとあらゆるところに掲載されていました。早出して紙面のクリッピング、前日夜のテレビニュースを編集しダビング、雑誌のチェックをしていると、あっという間に夕刊が届く時間になり、夕方からやっと自分の業務に。これが毎日続きました。

この時、西武グループが創業からどのような変遷を経て、今のガバナンス体制になっているのか、株式状況や取締役体制、財務諸表、決算公告の仕方など、全く分からない自分がいました。非上場会社であっても、自分の働いている会社に興味を持って調べていれば説明できたはずです。この時、情報の収集・整理・活用が大事だと気付きました。

広報が整理した情報を持っていて、それを記者にレクチャーできれば、記者も事前情報をもとにある程度記事を書くことができます。企業としての行いは許しがたいと思っても、少なくともコクド広報は「隠している」という心証は持たれず、一定の関係性は築けたはずでした。



TOB問題で取材が過熱、ファクトブックをもとに200人近い記者に説明した経験

西武ホールディングスの10周年誌(2016年)では「負の歴史」を克明に記した。これは広報部が作成したファクトブックの内容が元になっている。資料提供:西武ホールディングス

それから10年近く経った2013年。西武ホールディングスは米投資ファンドからTOBをかけられます。そこで1回目のコラムでも話をしましたが、現在西武ホールディングス社長を務める西山隆一郎さんのもとで危機管理広報(守りの広報)について基礎から鍛えられました。

当時、西武ホールディングスは上場を目指しており、広報活動の一環として、2004年の事件を境にグループがどのように再編し、後藤高志社長(現・会長兼CEO、西武ライオンズオーナー)が「いつ、どの場で、どのような発言をしたのか」といった内容が記された70ページに及ぶ基礎資料を、広報部で私がまとめていました


西武ホールディングスの10周年誌(2016年)から。2013年6月、サーベラスの株主提案があった株主総会後の囲み会見の様子が記録されている。後藤社長(当時)の左後ろにいるのが筆者。資料提供:西武ホールディングス


TOBが公表されたのは2013年の3月でしたが、その前年末から西武ホールディングス本社に記者たちから問い合わせが相次ぐようになりました。そのとき「基礎資料をメディア向けに説明できるようなファクトブックにしてほしい」と西山さんから指示があり、一部修正をして、初めて西武グループの取材をする記者でも理解できるように編集しました。

当時は、200人近いメディアが取材に訪れており、日々目まぐるしいなか、ファクトブックをベースに長い時間をかけてレクチャーしました。

メディアからも「短期間でキャッチアップできた」「辞書代わりになった」と言われ、非常に重宝されました。メディアに背伸びせず、清々と事実を伝え、社内外にも誠実に対応することで、ネガティブなことも対応によっては企業イメージ向上の武器になり得ると教わった一コマでした



2023年の「山川問題」に広報としてどう向き合ったのか


2023年10月、山川穂高選手の謝罪会見から。手前が会見に立ち会う筆者。

話をプロ野球の危機管理に移します。

昨年の山川穂高選手の問題も同様に、メディア向けに事実を整理して伝え、丁寧に説明することを大事にしました。

選手の過去の成績や球団の歴史などは広くWebサイトなどで示されていますが、例えば球団とプロ野球選手の契約形態はあまり知られていません。一般の雇用形態と異なり、同じ土俵で比べることができないことや、刑事事件の流れについてなど、「知ってそうで実はちゃんと知らない」ことをメディアに説明していきました

一般紙の記者は、入社早々に地方支局で、事件や事故を扱う社会部系の事案も経験しますが、スポーツ系メディアの記者は、そのような経験が皆さんあるわけではありません。

例えば「被害者が被害届を提出し、警察が受理したら、捜査を行い、基本は検察へ送検する。そして検察は捜査資料を精査し、必要に応じて被疑者や被害者の事情聴取を行った後に、検察が起訴・不起訴を決定する」など刑事事件の一般的な流れについてもお話しをしました。

また「書類送検」は事務的な手続きで、犯罪の嫌疑が低い場合でも被害届を受理した場合は基本的には送致されることなど、記者一人ひとり説明の時間を作ってもらい、対応していきました。当然時間がかかることですが、誤った情報が世に出ないようにすることも広報の大事な仕事です。

危機対応時は、面識のない記者から電話取材を受けることがありますが、短い時間のやり取りでも、全身全霊で1件ずつ対応に臨みました。当時は捜査中でもあり、さまざま制限はありましたが「記者と広報でどこまで知っているか」など腹の探り合いをせず、背伸びせず誠実に、そして丁寧に説明していきました。

2023年5月23日に山川選手が書類送検されました。翌24日は西武ライオンズの奥村剛社長と共に埼玉県庁に赴きました。

県庁でメディアに囲まれることが安易に想像できたので、社長自らではなく別の役員に代わりに行ってもらうこともできましたが、奥村社長はゆるぎない方針を社内に強く示したうえで、しっかりと記者対応も行いました。組織のトップが最前線に立ち、現状をメディアに伝えてくれることで、我々広報部員も士気が一層高まりました。

若手育成の場であるフェニックスリーグでの、山川選手の実戦復帰が議論されているころ、復帰までの道筋を球団内でどのように作るのか話し合っていました。

「広報対応の採点者は社会。会社の常識は世間では非常識なこともある。広報は会社が出す情報をよく理解し、咀嚼し、専門用語はなるべく使わず、世の中に正しく理解してもらえるように発信する。我々は、お茶の間感覚を社内の中で一番もっていなくてはいけない部署だ」。

西山さんがよく言っていた言葉です。それを踏まえ、その後、山川選手本人も交えて、会見の目的、会見手法、それに相応しい身だしなみなどを議論し、2023年10月に謝罪会見の場を設定しました。当然、公平性の原則も踏まえ、番記者のみだけではなく、フリーの記者も出席できるタイミングでの情報公開にも配慮しました。

最期に、企業が発信した情報がマスコミを通じてどのように世の中に理解されたか、それをきちんと経営陣に伝えることも重要です。経営にとっては、耳が痛い話もあるかもしれませんが、広報は強い意志をもって事実を伝えなくてはなりません。

だからこそ、平時から信頼してもらえる質の高い仕事をやり続ける必要があります。平時に質の高い仕事、有事にも絶対間違えられない仕事が求められます。

そのうえ、自分の手柄を吹聴する広報担当に記者は信頼を寄せてくれません。それだけに広報部員の仲間意識が大切です。一人だと弱音を吐きたくなる時も、仲間とだったら乗り越えられるのです。