株式会社西武ライオンズ

  • Twitter
  • Facebook
  • Instagram
  • Line
  • Youtube

お知らせ

【AdverTimes.コラム連載シーズン2 vol.7】エンタメとしての野球をどう「体験価値」として再設計できるか?アメリカ研修での気づき

2025.11.07

本記事はAdverTimes.にて連載したコラム「西武ライオンズ広報変革記~NEXT STAGE 2025~」の転載です。


ワシントンD.C.にあるナショナルズ・パーク。


こんにちは。西武ライオンズ広報部長の赤坂修平です。


この秋、西武ライオンズでは、社員を対象にした海外視察研修を実施しました。目的は、短期的な成果ではなく「中長期的な視点を持つ人材」を育てること。今年度は、次期中期経営計画を見据え、「当社の将来的なあり方」について構想するための視点や示唆を得ることを目標としました。

多様な知見・視点を吸収してもらうことで、持続的な成長に向けた構想力を高めていく。その両輪を育む場として、私たちはアメリカを選びました。


もともとこの研修は、本拠地・ベルーナドームのボールパーク化(2021年完成)を目的に、10年以上前から行っていた取り組みです。コロナ禍で中断していましたが、昨年から再開。今年は私を含めて4人が参加しました。

セールス、マーチャンダイジング(MD)、球場の飲食メニュー企画などを担当するフード&ビバレッジ(F&B)――それぞれの現場を代表する若いメンバーが選ばれました。管理職は私だけで、ほかは現場の第一線で働く若手社員でした。私以外は初海外というおまけ付きです(笑)。

2週間弱の行程。円安などもあって、費用は相当かかりました。決して小さな額ではありません。しかし「人に投資をする」という経営の強い意思があってこそ、こうした研修が成立します。私自身も、今回の旅を“人財育成の延長線上にある経営投資”として位置づけていました。



変化する“体験価値”――エンタメとしての野球を再設計する旅


ヤンキー・スタジアム(ニューヨーク)。


訪問先は、ニューヨーク、ワシントンD.C.、アトランタ、ミネアポリス、ラスベガスなど。

ヤンキー・スタジアム、ナショナルズ・パーク、トゥルーイスト・パーク、ターゲット・フィールドといったMLB各球場に加え、ディズニーワールドやラスベガスのスフィア、トップゴルフなど、アメリカを代表するエンターテインメント施設を広く視察しました。



NY展望台「サミット・ワン・バンダービルト」でもデジタル活用が進む。


目的は単なる球場視察ではなく、「野球をどう体験価値として再設計できるか」を考えるためです。

スポーツビジネスを取り巻く環境は、コロナ禍を経て大きく変化しました。野球が“国民的娯楽”であり続ける保証はなく、ファンの観戦スタイルは世代ごとに分断され、多様化しています。

「試合を見ること」が体験の中心だった時代から、「球場で過ごすこと」そのものが価値になる時代へ。ベルーナドームの暑さや寒さといった環境課題を超えるだけの“楽しい時間”をどう作るか。それが今、私たちに求められているテーマです。



西武ライオンズで今季人気を博した「クソデカネックレス」の本家USA版も発見。


一方で、応援の熱量やチーム愛が“体験価値”として可視化され、SNSやUGCによって拡張される時代にもなりました。つまり、試合内容だけではない「来場から退場までのすべての接点」が、ブランド体験そのものになっているのです。

ライオンズにとっての課題は、この変化を“現場でどう実装するか”ということ。デジタルデータを用いた顧客理解、AIによる需要予測、マーチャンダイジングや飲食メニューの最適化などは急務です。しかし、その一方で、社員一人ひとりが「体験設計とは何か」を自分ごととして考え、ファンの立場から再構築できる感性を持たなければ、施策は形骸化してしまう。今回の研修は、まさにその“考える力”を養うための場ともなりました。


テクノロジーの先にある“人”――BAMが示す思想

野球カードが会議室の壁にデザインされている、MLB Advanced Media(通称BAM)のオフィス。


最も印象に残ったのは、ニューヨークに本拠を置くMLB Advanced Media(通称BAM)です。

BAMはMLB30球団が共同出資して立ち上げ、MLB公式サイト(MLB.com)や動画配信サービス(MLB.TV)を運営し、試合情報やニュース配信、チケット販売、広告、CRMなどデジタル領域を一元的に担っています。テクノロジーによって、MLB全体でファンとの関係性を最適化する基盤と言っても過言ではありません。



ベースボールへのリスペクトが感じられるBAMのオフィス。


BAMのオフィス内の屋上テラスは同僚と会話を促す場でもある。


しかし、私はシステムの仕組みそのものよりも、そこに息づく“思想”に感銘を受けました。テクノロジーの先には、必ず人がいる。どんなに高度なデータ分析も、顧客を理解しようとする誠実な姿勢がなければ意味を持たない。BAMのスタッフたちは、常に「ファンの不満や願いをどう解決するか」を議論し、現場で実践し続ける文化を醸成していました。

この姿勢は、ライオンズにも深く通じる部分があります。デジタルデータやAIによる需要予測、在庫管理などの最適化はもちろん重要ですが、それを“人の感性”でどう運用するかが肝心です。顧客理解を抜きにした施策は、いくらスマートでも形骸化してしまう。BAMの現場でその本質を再確認しました。



“街そのもの”としてのボールパーク――地域と共に育つスタジアムへ

アトランタ・ブレーブスの本拠地「トゥルーイスト・パーク」(ジョージア州)は衣食住すべてが揃う場となっている。





アトランタ・ブレーブスの本拠地、トゥルーイスト・パーク(ジョージア州)と隣接する商業施設「Battely Atlanta」の模型図。トゥルーイスト・パーク内のレジデンス。


アトランタ・ブレーブスの本拠地「トゥルーイスト・パーク」と、その隣接エリア「The Battery」も強く印象に残りました。スタジアムを中心に飲食・宿泊・小売・オフィスが連動する複合エリアで、まさに“街そのもの”。ファンが試合の前後も滞在し、スポンサー企業や地域がその循環に関わっていく。

エスコンフィールドHOKKAIDOが目指した構想も、まさにここにルーツがあると聞きます。スポーツの枠を越えた都市開発型のビジネス。日本でもこの思想は確実に根づき始めています。 



ミネソタ・ツインズのアート壁面。


一方、ミネソタ・ツインズの「ターゲット・フィールド」では、地元企業と連携したサステナブルな運営が印象的でした。地産食材の活用、再生エネルギー導入、地域密着型のESG活動――まさに“社会課題の解決とブランド価値の両立”をさせる仕組みが整っていました。埼玉・所沢に拠点を置くライオンズにとっても、地域・経営・顧客を三位一体で考えるヒントが多くありました。


“気づきを設計する”という教育――学び方を学ぶ研修へ

今回の研修では、あらかじめ“仮説”を持って臨むようにしていました。たとえば、MD担当が「売り上げを3倍にするにはどうすればいいか」をテーマに現地を見て回るなど、漠然ではなく「何を学ぶか」を明確に設定して臨みました。

けれども、現場で得られる最大の学びは、むしろ「違和感」や「疑問」だったように思います。――なぜ彼らはこうしているのか?なぜ日本ではできないのか?そうした問いを持ち帰ることこそに意味を感じたのです。知識を教えることではなく気付きを促すことこそが、ビジネス上の教育の本質だと感じました。


私は若い頃、上司にさまざまな“学ぶ機会”を与えてもらいました。背伸びしなければ会えない経営者の会食に同席させてもらったり、夕方前から顧客理解のために大衆酒場へ連れて行かれたり(笑)。直接教えられるのではなく、環境を通じて気づく――そうした教育が、自分の「視座」を変えてくれたのだと思います。

だからこそ今度は、自分が若い社員にその機会を設計してあげたい。学びとは、知識を教えることではなく、“気づきを設計すること”だと考えています。

現地で見た光景を「自分たちならどう活かすか」と言語化する力。異なる文化の中に共通項を見出し、抽象化する力。仲間と議論し、自分の仮説を検証する思考力。それらが、組織の構想力と実行力を底上げしていく。今回の研修では、その手応えを強く感じました。



“視座を上げる”とは、他者を想像する力

「視座を上げる」という言葉には、単に視野を広げる以上の意味があります。相手の立場に立って物事を想像できること。自分のポジションの枠を超えて全体を俯瞰し、「この球団をどう良くできるか」を考えられることです。

ライオンズの事業は、選手、ファン、地域、スポンサー、社員――多様な関係者によって支えられています。その中心にあるのは、やはり「人」です。人が集い、人が動かし、人が文化を作る。

アメリカで見た景色は、自分たちの“当たり前”を疑うきっかけになりました。そして、若い3人の社員が目を輝かせて帰ってきたことこそ、今回の研修の最大の成果だったと思います。

この経験をベルーナドームという現場に還元してこそ、意味がある。ファンが過ごす時間、地域と交わる瞬間、そして球団が描く未来――そのすべてに今回の学びを息づかせ、ライオンズの構想力と実行力をさらに高めていきたいと思います。